Web広告代理店から、念願のSaaS事業会社へ転職。「よし、バリバリ成果を出すぞ!」と意気込んだものの、いざ現場に入ると「何から手を付ければいいか分からない」「代理店時代のやり方が通用しない気がする…」と不安を感じていませんか?
その感覚は、正しいです。
代理店で培った広告運用のスキルは強力な武器ですが、SaaSの現場では、その武器を使う「順番」と「目的」が根本的に異なるからです。
この記事では、大手Web広告代理店からキャリアをスタートし、上場HR Tech、未上場スタートアップ(1人目マーケター)、上場AI SaaSと4社を渡り歩いてきた筆者が、実体験に基づき、SaaSマーケティングの「正しい全体像」と「絶対に外してはいけない初期の優先順位」を解説します。
1. 【全体像】SaaSマーケティングは「デマンドジェネレーション」の総力戦
まず、頭を切り替えるべきは「マーケティングの範囲と目的」です。
代理店時代のゴールは、多くの場合「CPAを合わせて、コンバージョン(リード獲得)数を最大化すること」でした。しかし、SaaS事業会社において「獲得」はスタート地点に過ぎません。
SaaSマーケティングの全体像は、単なる「獲得活動」ではなく、見込み顧客の創出から育成、そして案件化までを担う「デマンドジェネレーション(需要創出)」のプロセスとして捉える必要があります。
一般的に「THE MODEL」と呼ばれる、認知→獲得→商談→受注→継続という長いプロセスの中で、マーケティングチームは主に前半戦の設計図を描き、実行する役割を担います。
痛感した「代理店脳」の限界と、先輩の言葉
私自身、最初のSaaS企業に転職した直後は、この感覚が掴めていませんでした。代理店時代と同じ感覚で、とにかくCPAを下げてリードを大量に獲得することだけに注力していました。
そんな時、同じく大手Web広告代理店出身で、SaaS側の部門長を務めていた上司から言われた言葉を今でも鮮明に覚えています。
「〇〇さん、その『代理店脳』、一回捨てないといけないよ」
衝撃でした。自分では成果を出しているつもりでも、事業全体のゴール(受注・売上)から逆算できていなければ、SaaSでは「機能していない」のと同じだと痛感させられた瞬間でした。
リード獲得は「スタート」に過ぎない
SaaSマーケティングでは、リードを獲得した「後」の戦略が重要になります。
- CVポイントによる温度感の違い:
一口に「1コンバージョン」と言っても、「今すぐデモを見たい」という問い合わせと、「とりあえず情報収集」のホワイトペーパー(お役立ち資料)ダウンロードでは、顧客の温度感は天と地ほど違います。これを同じ「1CV」として扱ってはいけません。 - ナーチャリング(育成)の思想:
温度感の低いリードに対しては、すぐに営業するのではなく、メルマガやセミナーなどで有益な情報を提供し続け、徐々に購買意欲を高めていく「ナーチャリング」の仕組みが不可欠です。 - リード定義と転換率(ファネル思考):
全てのリードを営業に渡すのではなく、「MQL(マーケティングが育成したリード)」、「SAL(インサイドセールスが対応可能なリード)」といったクオリファイ(選別)基準を設け、各プロセスの「転換率(CTR, CVR, 商談化率, 受注率)」を常に監視し、ボトルネックを改善し続けるファネル思考が求められます。
2. 【優先順位】SaaSマーケターが着手すべき「3つのステップ」
では、SaaSの現場に入ったマーケターは、具体的に何から始めるべきでしょうか?
特にスタートアップや、体制が整っていない組織に入った場合、やるべきことは山積みです。しかし、焦って広告配信の管理画面を開いてはいけません。
私が数々の現場で失敗し、学んできた「鉄板の優先順位」は以下の3ステップです。
ステップ1:まずは「顧客」に会い、解像度を上げる(最重要)
何よりも優先すべきは、「誰に、何を届けるのか」を定義することです。ここがズレていたら、どんなに優れた広告運用テクニックも、その後のナーチャリング施策も全て無駄になります。
社内にある「綺麗なペルソナ資料」を鵜呑みにしてはいけません。必ず「生の情報」を取りに行きましょう。
【実体験からのアドバイス】
私が未上場スタートアップで1人目マーケターとして組織を立ち上げた際は、顧客理解のために、可能な限りフィールドセールスの商談に同席させてもらいました。当時はリモート商談が主流になり始めていたこともあり、移動時間なく効率的に、顧客がどんな顔をして、どんな言葉で課題を語るのかを肌で感じることができました。この「生の声」が、その後の全ての施策の土台となりました。
ステップ2:「受け皿(LP・サイト)」を整える
顧客の解像度が上がったら、次に行うのは「受け皿」の整備です。穴の空いたバケツ(=顧客に刺さらないLPやサイト)にいくら水(=広告流入)を注いでも、全てこぼれ落ちてしまいます。
ステップ1で得た「顧客の生の声」を元に、WebサイトやLPのメッセージを磨き込みましょう。
- 意識すべきポイント:
- おしゃれなデザインよりも、「顧客が普段使っている言葉」が使われているか?
- 自社の言いたいこと(機能自慢)ではなく、顧客の知りたいこと(課題解決)が書かれているか?
- 問い合わせフォームの項目は多すぎないか?(EFO:エントリーフォーム最適化)
ステップ3:ここで初めて「集客(リード獲得)」を始める
「顧客理解」と「受け皿の整備」。この2つができて初めて、あなたの得意分野である「広告運用」や「SEO」の出番です。
ここでようやく代理店時代のスキルが火を吹きます。ただし、前述の通り追うべきKPIは変わります。
- 代理店時代: CPA、CV数、クリック率
- SaaS時代: 有効リード数(MQL)、商談化数、パイプライン創出額
ステップ1で定義した「理想の顧客(アポに繋がる層)」に対して、ピンポイントでターゲティングを行い、ステップ2で磨き込んだ「刺さる訴求」を届ける。これができていれば、CPAが多少高くても、その後の商談化率や受注率が劇的に高まるため、事業全体で見れば大成功となります。
3. 代理店出身者が陥りがちな「3つの罠」
最後に、自戒も込めて、代理店出身の優秀なマーケターほど陥りやすい「罠」を紹介します。
罠1:いきなり「広告画面」を触り始めてしまう
最も多い失敗です。「成果を出さなきゃ」と焦るあまり、手っ取り早く数字が動く広告運用に逃げてしまうパターンです。前述の通り、顧客理解なき広告配信は予算の浪費です。まずは「PCを閉じて現場へ行け」を合言葉にしましょう。
罠2:「綺麗すぎる資料作成」に時間をかける
代理店時代は、クライアントへの提案資料やレポートの「見た目」も重要な品質の一部でした。しかし、事業会社(特にスピードが命のSaaS)では、社内向けの資料に過度な体裁は求められません。
パワーポイントで体裁を整える時間があるなら、テキストベースのメモでも良いので、セールスチームと次の施策のすり合わせを行った方が、事業は前に進みます。
罠3:「他部署」や「社内の動き」を見ようとしない
「マーケティング部はリード獲得までが仕事」と線を引いてしまうと、SaaSでは成果が出せません。
前述したMQL/SALの定義一つとっても、インサイドセールスとの密な連携が不可欠です。リードの質が悪ければ一緒に改善策を考え、受注率が低ければフィールドセールスと商談の録画を見て訴求のズレを確認する姿勢が必要です。
▼ 変化の激しい環境では「社内キャッチアップ」も重要
また、顧客の方を見ることは大前提ですが、特に組織の移り変わりが激しいSaaSやスタートアップでは、それと同じくらい「社内のキーマンの意見」をキャッチアップし続けることが重要です。
「今、会社が事業フェーズとして何を目指しているのか」「経営陣やセールス責任者は何に困っているのか」。これらを常に把握しておかなければ、マーケティング施策が会社の方向性とズレてしまい、「頑張っているのに評価されない」事態に陥ってしまいます。
まとめ:SaaSマーケターは「事業家」であれ
代理店とSaaS事業会社では、求められる視座の高さと範囲が異なります。
SaaSマーケターは、単なる「広告運用者」ではなく、デマンドジェネレーション全体を設計し、事業成長を牽引する「事業家」としての視点が必要です。
- 顧客を深く理解し、
- 刺さる受け皿を用意し、
- そこに適切な集客を行い、
- 獲得後もナーチャリングで育成し続ける。
この全体像と優先順位を理解し、泥臭く現場と連携していくことで、あなたの代理店経験は最強の武器へと変わるはずです。
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